何が起きたか
Carbon Pulseは2026年9月18日、欧州委員会が国際クレジットの購入に関するルールづくりを進めており、その中で自然を基盤とする(nature-based)パリ協定6条クレジットについて、EUの2040年気候目標への算入を全面的には認めない可能性があると報じた。報道によれば、これは国際的な基準設定主体が逆転(リバーサル)リスクへの対応を十分に整理できない場合に備えた措置であり、EU当局者が今週の場で言及したとされる。
ここで論点となっているのは、森林や土壌などの生態系に炭素を蓄える活動から生じるクレジットの扱いである。こうした活動は、火災や病虫害、土地利用の変更などによって蓄えた炭素が失われ得るという性質を持つ。国際的な枠組みでこのリスクをどう測り、どのように補填や保険的な仕組みで担保するかが、依然として詰めの段階にあるという前提が背景にあると読める。
ただし、現時点で確認できるのは、購入ルールの検討が進んでいること、自然由来のクレジットについて算入の扱いを限定する選択肢が視野に入っていること、その判断が国際基準の進展に条件づけられていることまでである。どの程度の割合や条件で算入を制限するのか、対象となる活動類型をどう線引きするのか、どの時点でルールが確定するのかといった具体は示されていない。制度の実像は、今後公表される文書に沿って確認する必要がある。
なぜ重要か
第一に、需要側の最大の潜在的な買い手がどう振る舞うかという点である。政府が自国の目標達成のために国際クレジットを購入する場合、その購入ルールは市場の需要構成に直接影響する。特定の類型が「目標算入では割り引かれる」と整理されれば、同じ1トンでも扱いに差が生じ、価格や契約条件に反映される余地がある。
第二に、自然由来の削減・吸収をめぐる長年の課題が、あらためて制度上の分岐点に置かれた点である。永続性や逆転リスクの扱いは、任意市場のみならず国家間の移転を伴う6条の枠組みでも議論されてきた。EUが購入ルールの側で条件を設けようとする姿勢は、国際基準の整備を促す圧力として働くという見方もできる。
第三に、資金の向き先への影響である。自然を基盤とする活動は、地域の生計や生物多様性といった副次的な便益を伴うことが多く、資金需要も大きいとされてきた。算入上の扱いが限定されれば、こうした分野への公的資金の流れが相対的に細くなる可能性がある一方、担保措置の設計が進むことで受け入れ可能な形が明確になるという整理も成り立つ。方向性を断定できる段階ではない。
日本への含意
日本は二国間クレジット制度(JCM)を通じて6条に基づく協力を進めており、森林や農地に関わる活動も対象になり得る立場にある。EUの購入ルールがそのまま日本の制度に及ぶわけではないが、自然由来クレジットの永続性をどう担保するかという論点は、買い手側の共通の関心事として広がっていくと考えられる。
企業の担当者にとっては、調達した、あるいは調達を検討している国際クレジットについて、逆転リスクへの備えがどう設計されているかを確認する意味がある。バッファ(緩衝)分の積み立て、モニタリング期間、逆転が生じた際の補填責任の所在といった点を契約段階で記録しておく姿勢が、将来の説明に資すると見込まれる。
自治体や林業・農業の生産者にとっては、測定と長期モニタリングに求められる水準が上がる可能性がある。国内のJ-クレジット制度も独自の方法論に基づくが、永続性の確認方法をめぐる国際的な議論は、運用の考え方に間接的に影響し得る。現段階では結論を急がず、欧州委員会や国際的な基準設定主体の公表資料を順に追うのが妥当だろう。
用語解説: 逆転リスク(リバーサル)
いったん森林や土壌に蓄えられた炭素が、後に大気へ戻ってしまう可能性を指す。山火事、干ばつ、病虫害といった自然現象に加え、伐採や転用などの人為的な要因も含まれる。クレジットとして発行された削減・吸収量が事後的に失われれば、その分の気候上の効果は損なわれるため、制度設計では発行量の一部を共同のバッファ口座に積み立てる方法、長期のモニタリング義務、逆転時の補填ルールなどが組み合わせて用いられてきた。もっとも、何年間の維持を前提とするか、責任を誰が負うかについては枠組みごとに差があり、国際的な共通理解の形成が課題として残されている。