何が起きたか

Carbon Pulseは2026年9月18日、EU排出量取引制度(EU ETS)の改正をめぐる欧州議会の主担当報告者であるペーター・リーゼ議員が、自身の報告書案に含まれていた記述の一つを取り下げたと伝えた。削除されたのは、国連の国際航空向けオフセット制度であるCORSIAを適用している国へ向かう路線について、航空会社がEU ETSの排出枠を償却する義務を免れる、という趣旨の部分である。報道はこれを条文案の「不整合」と位置づけている。

EU ETSでは、欧州経済領域(EEA)内の路線を中心に航空分野が対象とされ、域外に及ぶ路線の扱いについては、ICAOで合意されたCORSIAとの関係をどう整理するかが長く論点となってきた。一つの飛行に対してEU ETSとCORSIAの双方が重ねて適用されれば、事業者にとって負担が二重になりかねない。他方で、CORSIA適用を理由に広く免除を認めれば、EU ETSの適用範囲そのものが実質的に縮む。今回の削除は、この二つの制度の境界をどこに引くかという設計上の問いに関わるものと読める。

もっとも、現時点で確認できるのは、当該記述が報告書案から取り除かれたこと、その理由として整合性の問題が挙げられていることまでである。代わりにどのような文言が置かれるのか、委員会や本会議の審議でどう扱われるのか、加盟国との交渉でどこに落ち着くのかは示されていない。制度の実像は、今後公表される議会文書や交渉の経過に沿って確認する必要がある。

なぜ重要か

第一に、航空分野に課される負担の所在が変わり得る点である。報告書案の記述がそのまま残っていれば、CORSIAを適用する国へ飛ぶ路線は排出枠の償却対象から外れる方向に働いた可能性がある。削除によって、少なくとも報告者の案の段階では、そうした広い免除は前提とされないことになる。

第二に、EU ETSと国際的な枠組みの関係をめぐる議論に影響する点である。EUはこれまでも、域外路線の扱いを暫定的に限定しつつ、ICAOの進捗を見て判断するという姿勢をとってきた。立法の初期段階で免除規定が取り下げられたことは、EU側の制度を優先的に維持する方向の議論が続いていることを示唆する材料になると考えられる。

第三に、需要面での含意である。EU ETSの適用範囲が広く保たれれば、航空会社はEUの排出枠を調達する必要が相対的に大きくなり、CORSIAの下で用いる排出削減単位への需要とは別の需要が併存する構図になる。逆に免除が広がれば、その比重は変わる。いずれの方向に進むかは交渉次第であり、現段階で断定できる材料は乏しい。

日本への含意

日本の航空会社は、欧州路線を運航する範囲でEU ETSの規律に関わり、同時にCORSIAの下での対応も求められる立場にある。両制度の適用関係がどう整理されるかは、必要となる単位の種類や調達の規模に直結し得る論点である。欧州議会の審議段階の動きは最終結果ではないものの、方向性を把握しておく意味はあるだろう。

企業の担当者にとっては、自社または取引先の物流・出張に関わる航空輸送の費用構造に、制度変更が間接的に及び得る点が実務上の関心事になる。排出枠の価格や償却範囲の変化は、運賃や輸送料金の説明材料として扱われる場合がある。契約や調達の見直しにあたっては、どの制度に基づく費用なのかを区別して記録しておく姿勢が、後の説明に資すると見込まれる。

自治体や農林水産業の生産者にとっては、輸出入に関わる航空貨物の条件が中長期的に変わり得るという視点が挙げられる。生鮮品など航空輸送に依存する品目では、排出規制に伴う費用がどこに転嫁されるかが問われる場面も想定される。現時点で結論を急ぐ必要はなく、欧州議会と理事会の審議、およびICAO側の動きを順に追うのが妥当だろう。

用語解説: EU排出量取引制度(EU ETS)

EUが2005年に導入した、域内の発電・産業部門などを対象とする排出量取引の仕組みである。対象事業者には排出量に応じた排出枠(アロワンス)の償却が義務づけられ、枠の総量には上限が設けられ、年を追って縮小していく設計がとられている。航空分野は後から対象に加えられ、当初は域外路線を含む広い範囲が想定されたが、国際的な調整を経て、適用範囲は欧州経済領域内の路線を中心に限定された経緯がある。ICAOのCORSIAが段階的に運用される中で、両制度の重複をどう避け、どこまでをEU ETSの対象とするかは、改正のたびに議論の対象となってきた。