何が起きたか

Carbon Pulseは2026年10月2日、生物多様性クレジット市場に関する新しい研究を取り上げ、過去にカーボンクレジット市場で指摘されてきた課題を繰り返さないためには、監督の強化と規律の明確化が求められると伝えた。報道によれば、研究は市場の設計段階にある現在こそ、ガバナンスの枠組みを整える機会だと位置づけている。

ここでいう炭素市場の課題とは、これまでの議論で繰り返し取り上げられてきた論点を指すと考えられる。たとえば、削減・吸収量の算定が実際の効果を上回っていたとする指摘、プロジェクトがなかった場合との比較(ベースライン)の置き方のばらつき、第三者検証の独立性や質への疑問、地域社会や権利者との利益配分をめぐる摩擦などである。生物多様性クレジットは、自然の状態の改善を単位化して取引しようとする仕組みであり、炭素と異なり世界共通の計量単位が存在しない。それだけに、何を測り、誰がその妥当性を確かめるのかという枠組みの整備が、信頼の前提になるという考え方である。

なお、研究の実施主体、公表媒体、分析の対象とした制度や地域、具体的な提言の中身といった詳細は、本報道からは確認できない。原典に当たって前提を確かめる必要がある。

なぜ重要か

第一に、市場が本格的に拡大する前の段階で論点が提示されている点である。炭素市場では、取引が相当な規模に達した後になって算定方法や検証体制への批判が集まり、需要が冷え込む局面も見られた。設計段階での監督の仕組みづくりは、後からの修正に比べて負担が小さいという見方が成り立つ。

第二に、購入者側の説明責任に関わる点である。生物多様性クレジットは、開発による損失の埋め合わせを主張するオフセット型と、埋め合わせを主張せずに保全へ資金を出す貢献型とで、求められる厳密さが異なる。どちらの用途であっても、成果の測り方や継続性の担保が曖昧なままでは、購入した企業が自らの取り組みを対外的に説明しにくくなる。

第三に、供給側の予見可能性である。共通のルールや監督の所在が定まらない状態では、保全や再生に取り組む事業者が、どの基準に沿って記録を残せばよいかを判断しづらい。結果として、質の高い案件が市場に出てくるまでの時間が長引く可能性もある。

日本への含意

国内では、民間の取り組みによって生物多様性の保全が図られている区域を国が認定する仕組みが運用されており、企業が社有林や工場緑地を対象に参加する例が出てきている。こうした活動を将来クレジットのような形で資金化する構想を描く場合でも、現時点では国際的に確立した基準がないことを前提に置くのが現実的といえる。

企業の担当者にとっては、海外の生物多様性クレジットを調達する検討を進める際に、その制度がどのような指標を用い、誰が検証し、第三者による監督をどこまで受けているのかを個別に確認する作業が欠かせない。炭素クレジットで経験された論点が、形を変えて現れる可能性を想定しておきたい。

自治体や農林水産業の生産者にとっては、収入化の見通しが立たない段階であっても、対象区域の境界、施業や管理の履歴、動植物の確認記録といった基礎データを継続して蓄積しておくことに意味がある。どのような監督の枠組みが整うにせよ、変化を示す出発点のデータがなければ成果を主張することは難しい。国際的な議論の方向と、国内制度の運用状況を並行して追う姿勢が求められる。

用語解説: 市場ガバナンス

市場が適切に機能するよう、ルールの設定、参加者の監督、情報開示、紛争処理などを担う仕組みの総称である。カーボンクレジットや生物多様性クレジットのような環境市場では、取引される対象が物理的な商品ではなく、算定や検証によって初めて姿を現す「成果」であるため、ガバナンスの質がそのまま市場の信頼性を左右するとされる。

具体的な要素としては、算定方法(方法論)を策定・改定する主体、プロジェクトの登録と発行を管理する登録簿、独立した第三者検証機関の認定と監査、苦情や異議申立てへの対応手続き、そして認証制度そのものを外部から評価する上位の枠組みなどが挙げられる。カーボンクレジットの分野では、民間の認証制度に加え、国際的な原則を示す取り組みや、各国の金融当局による規制の検討が進められてきた。生物多様性クレジットについては、こうした重層的な仕組みの整備が始まったばかりであり、誰が監督の責任を負うのかという点自体が議論の対象となっている。